今回は緑内障を遅らせるためにミトコンドリアを活性化させましょうということに関してお話しいたします。
ミトコンドリアってご存知ですか?高校生物で習ったことがあると思いますが、ミトコンドリアは身体にとって必要不可欠な細胞小器官です。糖や脂質をエネルギー源としてATPというエネルギーを作っています。このATPなしでは人は生きていけませんが、身体に必要なATPの95%以上はミトコンドリアから作られています。目も同じようにミトコンドリアの機能なしでは視覚機能を維持できません。特に最近ミトコンドリアの機能が緑内障に影響するという証拠が多くなってきています。
緑内障の主な危険因子は眼圧
です。緑内障とは眼圧によって、視神経が押しつぶされて死んでしまって、視覚情報が脳に伝わらなくなって視野欠損を起こす病気です。唯一確立された治療が眼圧下降療法なので、多くの方が目薬を中心とした治療をされていると思います。眼圧下降療法は間違いなく緑内障に有効な治療ではありますが、眼圧以外にも危険因子があります。それは加齢です。緑内障の有病率は40歳以降20人に1人いるといわれていますが、年齢とともに有病率が高くなります。40歳以降は20人に1人ですが、70歳以上になると10人に1人に増えます。加齢によるミトコンドリアの減少、機能の低下が、緑内障に影響しているのではないかというように考えられてきています。今回は緑内障をできるだけ遅らせるために最近分かってきたミトコンドリアの影響と増やし方に関してお話しいたします。
緑内障で障害をうける部分は網膜神経節細胞という部分と視神経線維という突起です。この部分に障害
を受けると受けた部分に沿って視野欠損がはじまります。
主な危険因子は眼圧による圧ストレスが原因と考えられていますが、未だに分かっていないこともあります。それは眼圧が充分に下がっているにも関わらず進行する方がいるからです。
最近注目されているのが緑内障とミトコンドリアの関係です。何故なら網膜の神経線維は体内で最もエネルギーを使う組織であって、大量にミトコンドリアが存在してそのエネルギーに依存しているからです。ミトコンドリアの機能なくして網膜の機能は維持できません。ところがミトコンドリアは加齢とともに減ってはいくものの緑内障の目ではかなり少ないことが報告されています。
イギリスの研究
ですが、正常眼と緑内障眼の網膜神経節細胞に含まれるミトコンドリアを人のドナーの眼を使って調べた研究がされました。対象となった緑内障眼は初期の緑内障の眼です。紫色
の部分がミトコンドリアですが、初期の緑内障であっても正常眼と比べるとほとんど存在していないことが分かると思います。
日本の福井大学の研究
では、生きたマウスの網膜の神経線維を1本1本観察してどのようにミトコンドリアが機能しているのかと調べた研究がされました。その結果緑内障になると、正常の神経
比べると神経に含まれているミトコンドリアが減ったり小さくなっていることが確認されました。特に高齢者の視神経では、緑内障でなくともすでにミトコンドリアが減ったり小さくなったりする現象がみられ、これが高齢者が緑内障になりやすいという事実と一致しているのではないかと考察されています。
このような報告から現在緑内障は眼圧による圧ストレスで視神経が障害をうけて視神経線維が死んでいると考えられていますが、その背景には視神経に含まれるミトコンドリアが減少していて、それにより視神経がエネルギー不足になって眼圧による圧ストレスを受けやすい状態になっているのではないかというような考え方がされるようになってきています。
じゃあミトコンドリアを元気にさせたらどうなるの?という研究が今まさにされているところなのですが、既に報告されている事としてミトコンドリアへの餌を増やしたら視野が部分的に回復したという驚きの報告がされています。以前の動画でもお話ししていますので、よければ参考にして下さい。その内容を簡単に説明すると、
ミトコンドリアの主要なエネルギーはNAD ニコチンアミドアデニンジヌクレオチドというものですが、その前駆物質のビタミンB1のピルビン酸とビタミンB3のニコチンアミドを投与したというものです。最初の1週間はピルビン酸を1,500mg,ニコチンアミドを1,000mg投与し、その次の1週間はどちらも2000mgずつ、最後の1週間は3000mgずつ投与したら部分的に視野が回復したと報告しています。緑内障の視野は通常
このようになっています。これグレースケールといいますが、緑内障の視野障害の程度を非常に分かりやすく表しています。視野の障害の程度に合わせて濃淡がついています。黒い部分
は視神経が機能していない部分で回復することがありませんが、グレーの部分に関してはまだ完全に機能を失っていない部分です。このグレーの部分は非常に重要な部分です。まさに神経が弱くなっていて緑内障の進行の可能性があるからです。グレーから黒にかわらないように経過をみていかなければなりません。この報告は高容量なのでいきなり真似することはやめて欲しいのですが、ビタミンB1とビタミンB3の内服によってグレーの部分の感度に改善が見られたと報告されています。
オーストラリアでも同様の結果が報告されています。こちらも高容量ですが今度はニコチンアミドのみ1,500mg、6週間、その後3,000mgを6週間投与したら同じく部分的に視野が回復したと報告されています。
通常緑内障での視野欠損はご存知の通り回復しません。私達多くの眼科医が緑内障診療で期待するのは視野がよくなるとか視力が回復するというものではないです。分かりやすく言うなら緑内障は進むか横ばいかなので、変わらなければそれが最もよい状態です。
そのためこのような報告はとても驚きましたし、緑内障治療が今後もしかしたら変わっていくかもしれないなというようにも感じました、
どちらも小規模の研究で長期データはまだありませんが、今後明らかになっていけば、既にNMNのサプリメントは出回っているので臨床への応用は早いかもしれません。
先ほどもお話ししましたが、現状はどの程度の量が妥当か分かっていないのでいきなり高容量のナイアシン(ビタミンB3)をとるのはおススメしません。
日本でのナイアシン(ビタミンB3)の上限量は300mg程度とされているので、実験で摂取している量はその上限値の5-10倍になります。ナイアシンによる副作用としてナイアシンフラッシュといいますが、皮膚が赤くなったり、消化器系に副作用が出る場合があります。
そのため出来るだけ安全にミトコンドリアを活性化することを勧めています。ミトコンドリアを活性化させるポイントがいくつか知られていて、1つ目は食事からビタミンB1やナイアシン(ビタミンB3)をとりましょう。ビタミンB1が豊富な食材は豚肉です。脂の少ないヒレやももの部位が特におすすめです。
植物性食品では玄米、枝豆、ナッツに含まれています。
ビタミンB3のナイアシンはカツオやさば、マグロといった魚、鶏肉、ナッツに多く含まれています。普段とる食事からミトコンドリアにエネルギーを与えてください。
2つ目は食事だけでなく運動もしてください。研究
では運動することでNADの量が増えるとされています。
非常に激しい運動をする必要はなく、ウオーキング、ジョギング、水泳などの有酸素運動や軽い筋トレが効果的です。
運動をすると筋肉中のNAMPT(ニコチンアミド・ホスホリボシルトランスフェラーゼ)というNADを作るための酵素の量が上昇して、NADの量が増えます。NAMPTというのは、体の中でNADを合成するために必要な酵素です。私もどんなに忙しくても週に2回は最低でもジムに行くようにしています。
3つ目よく寝てください。人は活動するうえで多くのエネルギーを必要としますが、エネルギーを使った分だけ老廃物も体内で蓄積されます。
睡眠
はミトコンドリアに有害となる老廃物を処理するので良質な睡眠を摂ることが必要とされています。ある研究では7時間程度の連続した睡眠が緑内障の罹患率を低下させたという報告もされています。規則正しく睡眠をとるようにしてください。
4つ目、適度に太陽の光を浴びてください。日光浴のよく知られる健康効果は、ビタミンDの生成です。
ビタミンDはミトコンドリアの活性に必要であり、ビタミンD欠乏症の成人
にビタミンDを補給すると、筋肉のミトコンドリアの機能が向上することがわかっています。さらに、動物実験では、ビタミンDがミトコンドリアを増やすだけでなく、機能を高めることが示されています。1日の日光を浴びる時間は、おおむね合計20〜30分あると良いでしょう。
5つ目、ストレスを貯めすぎないで下さい。慢性的なストレスはミトコンドリアの機能不全を引き起こす可能性があります。ストレスによるミトコンドリアの機能低下は、神経系、内分泌系、免疫系に特に有害となる可能性があって、そこから身体に全身的な悪影響が生じる可能性があります。運動習慣みたいなものを作ることは、ストレスの影響を防ぐのに役立つ可能性があります。
最近の研究
では、ミトコンドリアの機能障害は、緑内障だけでなく加齢黄斑変性症や糖尿病網膜症といった眼の病気との関係性が指摘されています。加齢黄斑変性症の一番の危険因子は喫煙ですが、タバコによる有害物質が最終的にミトコンドリアに影響を与え、機能症状がきたしているということが報告されています。糖尿病網膜症は、毛細血管などの細かい血管の血流の途絶えが、ミトコンドリアの機能に影響を与えて視機能障害をきたしている可能性があげられています。
余談ですが、白内障にはというと水晶体にはミトコンドリアがないので白内障の予防には繋がりません。水晶体は透明性を維持するためにミトコンドリアを含めたすべての細胞小器官がないからなんですね。ミトコンドリアの機能をあげることは全身的にも脂質異常症や癌などとの関連性も指摘されているので、様々な健康メリットがありそうです。
今回の話をまとめますと
①網膜内には大量のミトコンドリアを含んでいます。
②緑内障の視神経にはミトコンドリアが少ないと報告されています。
③ミトコンドリアの主要なエネルギー源となるニコチンアミドの補給が視野を部分的に回復したという報告がされています。
④高用量のナイアシンの摂取は副作用の報告がされています
⑤よく寝て、運動習慣をつくること、時々日光浴をすることを意識して下さい
という5点です。
結局のところ健康的な食事をとって運動習慣を取り入れてよい生活習慣を過ごすという当たり前のことが大切になってきます。ニコチンアミド(ビタミンB3)の適切な量に関して現在スイスと香港で治験が行われている最中ではありますが、有効であると分かればもう数年後には緑内障治療が変わってくるかもしれません。
今回は緑内障とミトコンドリアに関してお話いたしました。
(2024.3.28)