白内障手術に使用するレンズには2つあります。一つは保険診療で用いる単焦点眼内レンズ、もう一つは選定療養などで使用する多焦点眼内レンズです。単焦点眼内レンズは一般的に使用されているレンズで国内で手術された95%の方がこのレンズです。単焦点眼内レンズというと保険診療内のレンズで、一方多焦点眼内レンズというとやや高額な費用を伴いますので多焦点レンズの方がいいレンズだと思われがちなのですが現状は必ずしもそうではありません。どのような違いがあるかといいますと、見え方の質は多焦点眼内レンズを含めてもっともいいというのが単焦点眼内レンズの最大の特徴です。ただし欠点として単焦点という名前の通り見える距離は制限されます。遠方合わせもしくは手元合わせにして不足分に関して術後はメガネが必要です。
一方で多焦点眼内レンズはこの距離の制限をカバーしまして現在主流の3焦点タイプだと見える範囲が遠方から手元まで見えるようにすることができます。単焦点の欠点の見える範囲を補うことができるのでメガネをしたくないという方にはおすすめです。ですが統計上多焦点眼内レンズを挿入した4%の方は不満例があると言われており、中にはせっかくいれた多焦点眼内レンズを保険診療での単焦点レンズに入れる方もおられるんですね。今回はどのような人が多焦点眼内レンズを不満にもちレンズを入れ替えるまでの状態になってしまったのかということに関してお話させていただきます。
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多焦点眼内レンズで注意することがいくつかあります。まず1つ目コントラスト感度の低下です。これは単焦点眼内レンズは見える光を最大限に利用するためコントラストは最大によいです。現在の多焦点眼内レンズはほぼ全て回折構造をもっています。回折構造は瞳に通ってきた光を分光します。光の強さを遠方、中間、手元用と振り分けるんですね。例えば2焦点タイプのものなら遠方手元を40%ずつにふりわけます。単焦点は見えるポイントに対してそのような回折構造がないので光学的ロスはほとんど考えなくてよいため100%の力でみえるのですが、このような2焦点タイプなら遠方、手元を力を分散させますので単焦点ほどのコントラスト感度は得られません。なので視力自体は1.0遠く、近くもみえるようになった、でもなんか今までより見え方が悪いということがあり得るんですね。このような見え方の質の低下をwaxy visionといいますが、眼内レンズが交換になってしまう原因の第1位がこの「見え方の質の低下」によるものです。
そして2番目異常光視症といいますがハロー・グレアの存在です。ハローという光が輪っか状に広がる現象を言いましてグレアは光が滲む現象をいいます。多焦点眼内レンズは特にこの異常光視症現象は気をつけなければなりません。回折型眼内レンズは回折溝という溝がありますのでこの部位を使って分光するのですが光を曲げる過程でこのような現象が起きてしまいます。夜間の運転などされる方は問題になることがありますので注意が必要です。この異常光視症の現象による眼内レンズの摘出が2位です。
3位以降は遠方視力や中間視力、近方視力が不充分な事です。多焦点眼内レンズを入れても乱視が残ってしまったりして思ったほど視力が出ないことがあるんです。これは屈折誤差といいますが、多焦点眼内レンズの中でも3焦点タイプのものは特に術後に残った乱視は大きく遠方視力に影響が出る場合があるということが考えられます。 例えば3焦点タイプなら手元は40cmに設定されておりますのでこれでは日本人には手元の距離としてはやや遠いと感じる方もおられるようです。
多焦点眼内レンズの不満が多いこの3つの現象コントラスト感度の低下、ハロー・グレア、視力不良と3つあるわけですが、一番問題になるのはコントラスト感度の低下です。これは多焦点眼内レンズの独特の見え方になれるのに時間がかかり結局適応できなかったというのが理由です。
しばらく経過みていたものの適応できずにレンズを変える人はどのようなレンズに変える人が多いのでしょうか?違うタイプの多焦点眼内レンズにするのでしょうか?それとも単焦点眼内レンズに変更する事が多いのでしょうか?9割の方はおおよそ半年以内に単焦点眼内レンズに変更して満足度があがったという結果になっております。多焦点眼内レンズは多くの方が満足される眼内レンズであるもののこのような合併症が起こり得ることをきちんと理解しておく必要があります。レンズを交換するのはメガネのレンズ交換のように簡単な事ではありません。一度作った傷口を再度あけてレンズを少し切って取り出します。角膜内皮細胞といって角膜を透明に維持するために重要な再生しない細胞を傷つける原因になったりしますのでややリスクを伴います。なので多焦点眼内レンズを希望される場合はしっかりどのようなレンズなのか理解しておく必要があります。
今だと3焦点にとどまらずインテンシティという5焦点というタイプの眼内レンズがあります。焦点距離が長いほどメガネなしになる可能性はあるわけですが、やはりインテンシティにしろ回折構造を伴っておりましてこのような合併症の可能性は当然あります。海外を含めた最近の眼内レンズだとあえて焦点距離を落として光学的な合併症をほとんど気にしなくていいレンズ例えばvivityのようなレンズが広がっております。このような見え方の質がよく光学的合併症がないレンズが今の流れのように思ってまして今後たくさん出てくるような気がしています。
今回の話をまとめますと
①多焦点眼内レンズを入れられた方の全体の4%に不満例があります。
②摘出、交換にまで至った一番の理由はwaxy visonといって見え方の質の低下です。
③半年以内に交換している方が多いです。
④3焦点眼内レンズまでの焦点距離は期待できませんが、光学的な合併症を気にしなくていいレンズが広がっています
という4点です。多焦点眼内レンズの摘出にまで至った不満例を中心にお話しましたがこのような不満例は術前に予想できないのが難点なんですね。なのでこちらとしてもこの方は多焦点眼内レンズを入れると見え方の質の低下が予想できることからやめておこうという判断ができないんです。4%という数字自体は少ないものの実際に25人に1人おられるわけです。手術の適応があり多焦点眼内レンズを入れたけど思っていた感じとだいぶ違ったという事がこのようにあり得るんです。私の場合単焦点眼内レンズを勧めておりますが、適応があり60代に多焦点眼内レンズの手術をした、その後に重度の緑内障になった、もしくは加齢黄斑変性症が発症したという方をみてきました。多焦点眼内レンズでなければこの方のコントラストはもう少しよかったのになと心の中で思うことが結構ありました。単焦点眼内レンズならその疾患による視力低下はおきますが、多焦点眼内レンズの場合は眼疾患に加えてレンズによる影響もあり症状が複雑です。レンズ交換も早ければ早いほうがいいのですが、遅くとも半年程度が一般的には限界です。
ですので多焦点眼内レンズを選択される場合はしっかり話をしてメリット・デメリットのみだけなく将来的なリスクを理解した上で決定する必要があります。今回は多焦点眼内レンズを入れたのに摘出した人はどのような状態だったのかということに関してお話させていただきました。
(2022.1.26)