今回は「保険診療でできる白内障手術のすべて」について、お話しいたします。
白内障手術は、
濁った水晶体を取り除いて、人工のレンズ(眼内レンズ)に入れ替える手術です。白内障手術は現在非常に安全で、かつ高い精度で行うことができて、日本では年間150万件以上も実施されています。
その手術後の見え方は、①「どんなタイプの眼内レンズを選ぶか」、②「どこにピントを合わせるか」で大きく変わってきます。
近年は保険で使えるレンズの種類も増えているので、患者さん一人ひとりにとって最適なレンズとその合わせ方がとても大切になってきています。
今回は保険でできる白内障手術の眼内レンズの見え方とその選び方に関してお話しいたします。
現在、保険診療で使用できる眼内レンズは、大きく分けて3種類あります。
1つ目は単焦点眼内レンズです。
もっとも基本的で一般的なタイプのレンズになります。
1m以降の遠く、50cm~1mの中間または50cm以内の近くのどこかにピントを合わせます。たとえば遠くにピントを合わせれば、運転やテレビなどは眼鏡なしで見えますが、手元の本やスマートフォンを見るには老眼鏡が必要になります。具体的な見え方はこのような感じです。https://www.clearvisionforyou.com/en-us/vision-simulator/
(このサイトからテクニス単焦点IOL シーンはDine out(外食)を選択してください。)
単焦点眼内レンズの最大のメリットは、見え方が非常にシャープでコントラストも高く、クリアな視界が得られることです。また、多焦点眼内レンズでみられるハローやグレアといった光のにじみが少ないのも特長です。一方で、ピントが合う距離が限定されるので、日常生活の中で眼鏡が必要になる場面が多くなります。「眼鏡はかけてもいいから、とにかくくっきり見たい」という方には、非常に適した選択肢です。
2つ目は、通常の単焦点眼内レンズに比べて、見え方がわずかに拡張されたタイプのレンズです。現在、このタイプには「テクニス・アイハンス」「NSP-3」「インプレス」といった製品があります。いずれも同じような構造をしているので、機能面で大きな差はありません。見え方のイメージはこのような感じです。
https://www.clearvisionforyou.com/en-us/vision-simulator/
(このサイトからテクニスエイハンスIOL シーンはDine out 【外食】を選択してください)
これらのレンズは、単焦点眼内レンズのクリアな見え方をベースにしながら、60-70cmの中間距離に少し強い設計になっていて、パソコン作業や調理などの日常動作がしやすくなっています。
海外ではプレミアムレンズとして追加費用が必要になることがありますが、日本では保険診療の範囲で追加費用もかからず使用できる点も大きなメリットです。
一方、デメリットとしては、通常の単焦点レンズと比べてややコントラストが低下すること、そして遠方にピントを合わせた場合でも中間距離の約60〜70cmまでが見やすい範囲で、スマホや本といった手元を見るには老眼鏡が必要になります。
3つ目は、保険診療で使用できる唯一の多焦点眼内レンズである「レンティス・コンフォート」です。
このレンズは、
遠方から中間距離およそ50cm程度までをカバーできるように設計されています。
保険外の多焦点眼内レンズほどの広い焦点範囲はありませんが、「眼鏡の使用頻度をできるだけ減らしたい」という方にとっては、非常に便利なレンズです。
一方で、個人差はありますが、文字の輪郭がぼやけて二重に見える、看板の文字が重なって見えるといったゴーストと呼ばれる症状や、夜間の
光がにじんで見えるハローグレアといった症状を感じることがあります。また、コントラスト感度が単焦点レンズよりやや劣るので、繊細な見え方を求める方には向かない場合があります。さらに、白内障以外に他の眼疾患がある場合は、原則として適応外とされます。
これらの特徴を理解した上で、「保険診療の範囲内で、少しでも見える範囲を広げたい」という方には、よいレンズです。
このように、それぞれのレンズにメリットとデメリットがあります。どれが良い悪いではなく、「何を優先するか」が大切になります。「とにかくくっきり見たい」方は通常の単焦点眼内レンズがいいし、中間距離を少しでも楽にしたい方はアイハンス、眼鏡の使用頻度をできるだけ減らしたい方はレンティスコンフォートという感じです。ちなみに私としては職業上顕微鏡を覗いたり細かい仕事が多いので保険の中なら単焦点眼内レンズを選ぶかなと思います。
そのようなレンズ選びと同じくらい大切なのが、「度数の選び方」です。これは主に単焦点眼内レンズの話になりますが、たとえば「遠くがよく見える度数」にするか、「近くが見やすい度数」にするか、あるいはその中間を選ぶか、どこに合わせるかによって、術後の見え方は大きく変わってきます。
ピントが合う部分を十分に考えずに手術を受けてしまうと、「思っていた見え方と違う…」と後悔されることもあります。
ただし、手術前に術後の見え方を完全に自分の目で体感することはできません。そのため、できるだけ術後の見え方をイメージしておくことがとても大切になります。
できるだけイメージするために当院では
・ビジョンシミュレーターを用いた見え方のイメージ映像をみてもらったり
・コンタクトレンズや眼鏡を使用した、度数ごとの見え方を体験
して、術後の見え方に近いイメージをしてもらうようにしています。ビジョンシミュレーターとは、
白内障手術後に「どんな見え方になるのか」を画面上で疑似体験するものです。遠くや近くの見え方の違い、ハロー・グレアなどを、手術前にイメージしやすくなるので、レンズ選びの参考になります。
また、必要に応じて手術前にコンタクトレンズまたは眼鏡を装用して、術後に想定される度数での見え方をシミュレーションしていただくこともあります。
たとえば、-8.0D程度の強い近視の方が、術後の度数を「手元重視の-2.0D」にするか、もしくは「中間距離を狙った-1.5D」にするかで迷っているようなケースでは、両方の度数を実際に体験していただくことが可能です。
-2.0Dの状態では、「確かに手元はしっかり見えるけれど、思っていた以上に遠くが見えにくいな」と感じることがあります。逆に-1.5Dの度数では、「手元は少し見にくくなるけれど、その分、遠くもある程度見えるな」と、見え方の違いを体感することができます。
このように、術前に実際の見え方をある程度自分の目で確認しておくことは、術後の見え方に対する納得感や満足度につながるため、とても大切だと考えています。
もちろん、術後の状態を完全に再現できるものではありませんが、このようなシミュレーションによって、術後の見え方をおおまかにイメージすることが可能です。
その上で基本は片目ずつの手術を行っています。患者さんにとってはできるだけ通院回数を減らしたい、または仕事の関係でできるだけまとめてやってしまいたいという方もみえますのでその場合は両眼同日で白内障手術を行っていますが、慎重な方は片目ずつがよいです。
片目術後の見え方がだいたい思い通りになった方はもう片目も同じ度数で揃えますが、しばらくその状態で過ごしてみると皆さん慣れてくるのでもう少し手元がはっきりみえたらいいな、逆に遠くが見えたらいいなということがあります。
その場合、Fellow-Eye Self-Tuning(FEST)法というものを使って、片眼の白内障手術後に、もう片方の眼内レンズの度数を決定しています。これは、まず片眼の手術を行い、術後の目にメガネを使ってさまざまな度数を体験していただき、「もう少し遠くに」「もう少し手元重視」など調整する方法です。その体験をもとに、これから手術する方の眼の度数を決めていきます。
患者さん自身が納得してもう片目の見え方を決めれるので、術後の満足度が高い傾向にあるなと感じています。
このように左右の度数に少し差をつける方法を「モノビジョン」といいます。
遠くも近くも眼鏡なしで過ごしたいということは単焦点のモノビジョンはあまり現実的ではありませんが、少し差をつけてできるだけ眼鏡の使用頻度を減らしたいという方に対しては、提案することがあります。
モノビジョンとは、片眼に遠方用のレンズを、もう片眼にやや近方寄りのレンズを入れることで、両眼でバランスをとりながら遠近の見え方を補い合うという方法です。これは白内障手術に限らず、老眼用のコンタクトレンズでもよく使われている考え方です。
ただし、左右差を大きくつけすぎると見え方に違和感がでてしまうことがあるので、最近では「マイクロモノビジョン」という少しだけずらすという方法が主流です。これは左右差を0.5~0.75D程度にとどめ、無理のない範囲で見え方の幅を広げる方法です。この程度の差であれば、通常は違和感を感じることは少なく、多くの方が問題なく適応できます。
ただし、神経質な方やバランスの感覚に敏感な方、あるいは目に何らかの病気がある方には、左右差をつけず、両眼とも同じ度数で合わせることを基本としています。
そして最後に、保険のレンズを選ぶ上で忘れてはいけないのは、「乱視の矯正」についてです。乱視とは、ピントが一点に集まりにくく、「にじんで見える」「二重に見える」といった症状のことです。すべての乱視が悪いわけではなく、軽度であればピントの合う範囲(焦点深度)が広がり、遠くも近くもほどよく見えるというケースもあります。
しかし、ある程度以上の強い乱視がある場合、レンズをきちんと選んで、そして希望通りの度数であったとしても、全体的にぼやけたり、視界が二重になってなんかすっきりした見え方にならないなと感じることがあります。
乱視のせいでどこにもピントが合わない…ということも起こりえます。
そこで有効なのが「トーリック眼内レンズ」と呼ばれる乱視矯正用の眼内レンズです。
これは白内障手術の際に通常の眼内レンズの代わりに使用するもので、乱視の成分を一緒に矯正することが可能です。強い乱視がある方には、よりクリアな見え方が期待できます。
ただ、ここには少しだけ“医療の裏事情”があります。
トーリックレンズは仕入れ値が高く、しかも診療報酬では通常レンズと同じ扱いです。つまり、クリニック側のコストだけが増えてしまうという仕組みになっています。
さらに、
トーリックレンズは挿入するだけでなく、術中に乱視の軸に合わせて角度を正確に回転させて固定する必要があり、手技的にもやや高度になります。このため、医療機関によっては「当院では扱っていません」「年齢とともに乱視も変わるので矯正しなくてもいいですよ」と説明されるケースがあるのも事実です。
ですが、実際には強い乱視がある方にとっては、トーリックレンズでの矯正によって明らかに見え方が改善することが多く、日常生活の質にも大きく関わります。
乱視があればすべて矯正しなくてはならないというわけではありませんが、「視界がにじむ・ダブる」といった自覚がある方は、このことも知っておいた方がよいです。
白内障手術を検討する際には、以下の3つのポイントを事前に確認しておくことをおすすめします。
①自分に乱視があるかどうか
➁その乱視は矯正した方がよい程度か
➂手術を受ける施設がトーリックレンズに対応しているかどうか
これらを把握しておくだけで、術後の満足度が大きく変わってきます。
今回の話をまとめますと
保険診療でできる白内障手術でも、選べるレンズは大きく3種類あり、それぞれに特徴があります。単焦点のシンプルでシャープな見え方を好む方もいれば、中間距離を重視したい方、できるだけ眼鏡なしで生活したい方など、希望する方はそれぞれです。
また、度数選定も重要であり、事前にコンタクトや眼鏡でシミュレーションをしてみる。その上で片目ずつ手術をする、見え方に物足りなさを感じた場合マイクロモノビジョンを検討する、乱視があれば矯正を忘れないことを知っていてください。
「白内障の手術をする」と決めたら、ぜひ「裸眼でどのような見え方を望んでいるのか」ということを考えてみてください。
心配な方はよく相談しているご家族の方と一緒に来られるのもいいですね。よいアドバイスがあって、レンズ説明中に患者さんのご意見がころっと変わるようなこともよくありますね。
今回は保険でできる眼内レンズを決める上で知っておきたいポイントに関してお話しいたしました。
(2025.5.8)