今回は「白内障手術を受けるとき、どのように眼内レンズの度数を合わせれば、手術後に快適な見え方になるのか?」について解説していきます。
白内障手術は、一生に一度の大切な手術です。特に多くの方が選択される単焦点眼内レンズでは、その度数の選び方が非常に重要になります。
なかでも強度近視の方にとっては、術後の見え方が軽度の近視や遠視の方と比べて大きく変わるので、より慎重なシミュレーションと度数選びが必要になります。
「こんなはずじゃなかった」「前より不便になった」と後悔しないためにも、ぜひ最後までご覧ください。
【はじめに:白内障手術で大切な2つのポイント】
白内障手術は、濁った水晶体を取り除いて、代わりに眼内レンズ(IOL)を挿入する手術です。
このときにとても重要なのが、①どの種類のレンズを選ぶのかということと、単焦点眼内レンズなら遠く、中間、近くのどこにピントを合わせるのかという2つのポイントです。
中でも単焦点眼内レンズの場合「度数合わせ」は術後の見え方や満足度を大きく左右する要素であって、特に強度近視の方では、この度数選びが“生活の快適さ”に直結してきます。
【セクション1:強度近視とは?】
まず、強度近視とは何かですが、一般的に「−6.0D(ディオプター)以上の近視」のことをいいます。D(ディオプター)はレンズの度数を表す単位で、たとえば−1Dなら1メートル先に最もピントが合うという意味です。−2Dなら50cm、−4Dなら25cmといったように、Dの値の“逆数(1÷Dの数値)”でピントの合う距離が決まります。
−10Dの方であれば、ピントが合う距離は10分の1、つまり裸眼ではおよそ10cm程度の距離に限られます。
普段の生活ではコンタクトレンズや眼鏡の装用なしでは生活しにくいと思います。
そのため強度近視の方で多いのがこれを期にできるだけ遠くに合わせたいという方です。
【セクション2:強度近視の方にピント合わせが重要な理由】
一般的に白内障手術で遠方合わせ0Dでピントが合う状態は理論上、5m以上先にピントが合っているという状態をいいます。遠方の見え方は良くなります。視力検査では裸眼で1.0以上の結果が出やすく、車の運転やテレビ視聴などには大変便利になります。
しかしその一方で、今まで裸眼で快適に見えていた近距離が、すべて老眼鏡なしでは見えなくなります。特に強度近視の方は「いきなり強い老眼になったような感覚」で、近くを見るたびに眼鏡を探す不便さを感じることも少なくありません。
そこで私としては遠くの見え方に強いこだわりがない方には、遠方合わせでも「ほんの少しだけ近視を残す」合わせ方をおすすめしています。具体的には、目標度数を−0.25Dや−0.5D程度の軽い近視を残す方法です。
単焦点眼内レンズは多少の焦点深度(一般的に±1D程度)があり、その範囲内であれば「そこそこ見える」と感じることができます。単焦点眼内レンズ
の焦点深度曲線をみてみましょう。こちらは単焦点眼内レンズを0D、遠方に合わせた場合の焦点深度曲線になります。単焦点眼内レンズというとピントが合う一カ所しか見えないというイメージがあるかもしれませんが、実際にはある程度見える範囲が存在しています。
0Dにあわせても1.0以上見える範囲は±0.5Dの範囲であって±1D
の範囲なら実用的な視力とされる0.6以上が維持できます。そのため0Dの場合そこそこピントが合う部分は+1D~ー1Dの範囲が存在するということになります。目安としての視力
はこのような感じです。有効視力を0.6以上とするとだいたい1mまではピントが合うイメージなります。
-0.5Dいうと2mの位置に視力のピークが出る合わせ方です。
実際の視力のイメージはこのような感じです。
遠方視力は1.0を切ってしまうこともありますが、中間距離(50〜70cm程度)にもピントが合いやすくなるというのがポイントで、バランスの良い見え方が期待できます。
このように、単焦点眼内レンズは一カ所しかピントが合わないわけではなく多少の「焦点深度(そこそこ見える範囲)」というのが存在しています。
そして、もうひとつ知っておいていただきたいのは、手元を重視したい方の場合ですが、ピントを手元に寄せすぎると、見える範囲(焦点深度)がかえって狭くなってしまうということです。
強度近視の方からは、「できるだけ遠くも見えるようにしたいけど、今の裸眼で見えている距離(10cmくらい)でも見えるようにしたい」とご希望をいただくことがあります。
確かにそのような見え方は理想ですが、例えば−10Dの強度近視の方が、今の裸眼の見え方(10cm程度)にピントを合わせてしまうと、遠くは常にぼやけたままになってしまいます。
せっかく白内障手術を受けて、遠くの景色や標識がクリアに見えるチャンスがあるのに、それを十分に活かせないのは、もったいないです。
そのため、近くは30cm程度離す必要がでますが、遠くもそこそこ見えるバランスの取れた度数設定をおすすめしています。
【セクション4:少し近視を残すという選択】
具体的には目標度数を−1.0D〜−2.0Dの範囲で少し近視を残すという狙い目が私としてはおすすめです。この程度に合わせると、遠くもそこそこ見え、スマホや読書も裸眼である程度対応できるようになります。家の中での生活では、ほとんど眼鏡を使わずに過ごせることが多くなると思います。
単焦点眼内レンズは、先ほど話した通りある程度ピントが合う範囲があります。ただし、その見える範囲は−1Dより−2D、−2Dより−3Dといった具合に、より近方にピントを合わせるほどピントが合って見える距離の幅は狭くなる傾向にあります。
おおよその目安として以下のような見え方になります。
・0D
なら、−1Dまでカバーできます。実際に見える距離は無限遠〜1mで、ピントが合う幅は1m以降遠方です
・−1D
に合わせると、0D〜−2D、見える距離は約50cm〜2m程度でピントが合う幅は1.5m程度になります
・−2D
に合わせると、−1D〜−3D、見える距離は約33cm〜1m程度でピントが合う幅は67cm程度になります
・−3D
に合わせると、−2D〜−4D、見える距離は約25cm〜50cm程度でピントが合う幅は25cm程度になります
・−4D
に合わせると、−3D〜−5D、見える距離は20cmから33cmのなのでピントが合う幅は13cm程度
になります。
※ただしこれは、有効視力の0.6程度とする場合の目安であり、より鮮明な視力を求めるといった場合の見える範囲は、もう少し狭くなると考えてください。
又、平均値であって照明や年齢、瞳孔径、網膜の状態など個人差によって変わることもご了承ください。
このようなことから分かる事は、ピントを近方に合わせれば合わせるほど、見える幅が狭まり、ちょっと離すともうみにくいなといった感じで距離感に敏感になるということになります。
特に術後は調節力が全くの0になるので、近方に合わせすぎると、ピントが合う距離が限定されて、少し前後に離すだけで見えにくくなってしまいます。
そのため、あまり手元に寄せすぎると単焦点眼内レンズのメリットを活かせずもったいないと思っていて、近点にも色々合わせ方があるので慎重にポイントを考える必要があります。
【セクション5:コンタクトレンズやビジョンシュミレーターで見え方を体験するのもよいい】そのような事をしった上で、術後の見え方をイメージしておくことも大切です。
当院で行っている取り組みとしては
・ビジョンシミュレーターを用いた見え方のイメージ映像をみてもらったり
・コンタクトレンズや眼鏡を使用した、度数ごとの見え方を体験
して、術後の見え方に近いイメージをしてもらうようにしています。ビジョンシミュレーターとは、白内障手術後に「どんな見え方になるのか」を画面上で疑似体験するものです。遠くや近くの見え方の違い、ハロー・グレアなどを、手術前にイメージしやすくなるので、レンズ選びの参考になります。
また、必要に応じて手術前にコンタクトレンズまたは眼鏡を装用して、術後に想定される度数での見え方をシミュレーションしていただくこともあります。
たとえば、-8.0D程度の強い近視の方が、術後の度数を「手元重視の-2.0D」にするか、もしくは「中間距離を狙った-1.5D」にするかで迷っているようなケースでは、両方の度数を実際に体験していただくことが可能です。
-2.0Dの状態では、「確かに手元はしっかり見えるけれど、思っていた以上に遠くが見えにくいな」と感じることがあります。逆に-1.5Dの度数では、「手元は少し見にくくなるけれど、その分、遠くもある程度見えるな」と、見え方の違いを体感することができます。
また右目を0D、左目を−0.5Dのコンタクトレンズをして数日間生活してみて、マイクロモノビジョンが自分に合うかどうかを実感してもらったりしています。
もちろん、術後の状態を完全に再現できるものではありませんが、術後の見え方をおおまかに理解したいという方にはよいです。
【セクション5:マイクロモノビジョンという工夫】 又、そのような度数の選択以外に片目手術後に「マイクロモノビジョン」というテクニックもあります。かつて行われていた通常の「モノビジョン」は、片目を遠く、片目を近くに合わせるスタイルでしたが、度数差が大きくなると脳の視覚的な順応が難しくなって、違和感や疲労感が強くなる方が多く見られました。そこで、左右差をより小さくした「マイクロモノビジョン」が注目されるようになっています。これは左右の目の度数を−0.5D〜−0.75Dの範囲でわずかな差をつけて、片方を遠く、もう片方をやや近くに合わせる方法です。多焦点眼内レンズのように広範囲にみえるようにすることは不可能ですが、これによって、違和感なく両眼でもう少し見える範囲をカバーすることができます。
ただし神経質な方や、斜視を含めてなんらか目に病気がある方はそろえた方がいいでしょう。
【セクション6 乱視の矯正も忘れずに】
そして最後大切なポイントは「乱視(角膜乱視)」の矯正についてです。
特に強度近視の方は、軽度〜中等度の乱視を持っていることが多いので、これを放置するとせっかくきちんとポイントを合わせても術後の裸眼視力が十分に出ない原因になります。手術の際に、トーリック眼内レンズ(乱視矯正用IOL)を使用することで、乱視を減らすことが可能です。
乱視をしっかり矯正しておくことで、裸眼での見え方がよりシャープになり、眼鏡への依存度も下げられます。ただし、乱視用レンズは通常のレンズよりコストが高く、技術的な対応も必要なため、クリニックによってはあまり積極的に使用していない場合もあります。乱視も軽度であればピントの合う範囲(焦点深度)が広がって、遠くも近くもほどよく見えるというケースもありますが、ある程度以上の強い乱視はきちんと矯正した方がよいです。
度数選びとあわせて、「乱視も矯正すべきか」を術前にきちんと相談するようにしてください。
【セクション7:まとめとアドバイス】
強度近視の方にとって、白内障手術は単に「濁りを取る手術」ではなく、裸眼での見え方を快適にする絶好のチャンスでもあります。術後に『こんなはずじゃなかった』とならないためにも、ぜひ術前の度数設定とシミュレーションを大切にしてください。
今回の話をまとめますと
・単焦点眼内レンズにもある程度の焦点深度があります
・手元にピントを寄せすぎると焦点範囲が減少します
・遠方に合わせすぎず、少し近視を残すという合わせ方がおすすめ
・術前にシュミレーション画像やコンタクトレンズ、眼鏡で見え方の体験をするとイメージしやすいです。
これらを意識することで、術後の後悔を大きく減らすことができます。
白内障手術は一生に一度の手術です。ご自身の生活スタイルに合った度数選びを、ぜひ担当の先生と一緒にじっくり検討してみてください。
今回は白内障手術をうける際の度数選びのポイントに関してお話しいたしました。
(2025.5.14)