今回は2024年に発売される新しい多焦点眼内レンズに関してお話しいたします。最近新しい多焦点眼内レンズが販売されています。HOYAという日本の会社からGemetricという多焦点眼内レンズが今年の6月から発売されていて、ジョンソン&ジョンソンという会社からはオデッセイという多焦点眼内レンズが年末頃に発売される予定です。従来選定療養から選べる多焦点眼内レンズはパンオプティクスやテクニスシナジーまたはビビティを中心に選択することが多かったと思いますが、ますます種類が増えてどのレンズを選んだらいいのかなと迷っているかたもおられるかなと思います。今回は新しい多焦点眼内レンズにはどのような特徴があるのかということに関してお話しいたします。
GemetricはHOYA株式会社から2024年に発売された日本企業発の多焦点眼内レンズです。
現在眼内レンズは主に4タイプ
に分かれます。単焦点、単焦点+、焦点深度拡張型、EDOF、三焦点の4つです。Gemetricはこの内3焦点タイプになります。
加入度数は遠方、約80cmの中間距離(+1.75D)、約40cm(+3.5D)の近方距離の3焦点となります。国内ですでに販売されているFine visionという3焦点タイプの眼内レンズがありますが、そちらと同じ加入度数になりますが、現在日本で選定療養として認定されているものでは、ファインビジョンは乱視矯正用のレンズがありません。Gemetricは乱視用もあるので乱視用も適応となります。
Gemetricの特徴は回折ゾーンが3.2mm
と狭いことです。眼内レンズについているグルグルとした同心円状の構造を回折ゾーンといいます。この部分に光が当たることで遠方、中間、近方と焦点をふりわけて見える仕組みになっています。
メーカによってこの回折ゾーンの広さは異なってきます。この回折ゾーンがレンズ全体についているもの、一部しかないものと色々です。例えば国内で最初に発売された多焦点眼内レンズ
と比較してみます。
一般的に
このぐるぐるの範囲が広いほど、遠くも近くも瞳孔の大きさに関わらずみることができます。黒目のことを瞳孔といいますが多焦点眼内レンズは瞳孔の大きさがとても重要です。瞳孔の大きさは昼夜で変わります。昼間小さくなって、夜間は大きくなります。瞳孔の大きさが変化してもこの回折部分に光が当たるので、遠くも近くも見ることができます。
しかし
その反面で回折ゾーンが広いと光学的ロスも多くなってコントラストが悪くなる傾向がありました。分散する光の量も増えるのでハローグレアも多くなります。
Gemetric
は回折ゾーンがレンズ全体についていません。
日本で最もシェア率が高いパンオプティクスは4.5mmです。更に3.2mmと狭いので、光学的ロスも少なく、ハローグレアも少ない設計になっています。
瞳孔が大きくなる夜間は遠方重視になりやすいです。回折ゾーンがない部分は単焦点眼内レンズの遠方部分なので、必然的にエネルギー配分が遠方重視になるからです。
そのため次のような特徴があります。
- 夜間瞳孔が大きくなるときでも遠方視力が落ちにくい
- 回折ゾーンが狭いのでハローグレアが少なく、コントラストも良い
- 夜間は少し手元が見えにくいことがあり、近くを見るときはある程度の明るさが必要になる
- 瞳孔の大きさが元々大きい方は昼間でも手元が見えにくい可能性があるが、これは瞳孔が大きいとエネルギー配分が遠方重視になるためである
もともと多焦点眼内レンズは薄暮になると目に入ってくる光の量が減るので若干視力が落ちる傾向がありますが、この点も意識されているレンズとなります。
Gemetricに向いている方はできるだけコントラストを落としたくないという方や、多焦点眼内レンズを選びたいけどハローグレアで夜間の運転が気になっていたという方、特に遠方視をしっかり確保したい方です。
そして国産のレンズを希望される方はよいかなと思います。
メーカーからの情報をみると他の多焦点眼内レンズと劣らない検査データで、特に遠方の見え方は良好のようです。海外ではGemetricに加えてGemetric Plusというものもでています。こちらは遠方を重視しているGemetricに対して近方を重視している多焦点眼内レンズとなります。両目に別々のレンズをいれることを推奨しているわけではないようですが、Gemetricでの手術を受けたのちに少し手元の見にくさを感じた場合はもう片目にGemetric Plusを選択するということもよさそうです。HPをみると組み合わせると両眼加算で良好の結果がでています。ただし日本ではGemetric Plusの方はまだ発売予定はありませんが、今後発売されたら更に選択肢が出てきそうです。
一方でもうすぐ発売とされているジョンソン&ジョンソン社のオデッセイという多焦点眼内レンズは国内でパンオプティクスと同じように人気があったテクニスシナジーという眼内レンズの後継レンズとなります。全く新しいタイプというよりはシナジーを改良した多焦点眼内レンズになります。
テクニスシナジーは遠方から33cmまで近くにピントが合う多焦点眼内レンズです。パンオプティクスは40cm程度までピントが合うので、近見に関してはシナジーの方が見えます。ただ近方視を重視したトレードオフとしてハローグレアが結構強くでます。一般的に多焦点眼内レンズは近方視を重視するほどハローグレアが強く出ます。
そのためシナジーは夜間の運転をする方にはあまりすすめることができませんでした。そこを改良したレンズがオデッセイです。オデッセイの特徴は回折構造のステップを低くしていることです。
ステップとは回折構造を輪切りしてみるとこの部分
です。ステップの高さが高いほど近方の視力はでますが、その分ハローグレアもでます。
オデッセイ
はこの部分をシナジーより低くしています。その分近方視力は下がりますが、ハローグレアを抑えることができています。そして回折構造のギザギザの部分が丸みを帯びています。これもハローグレアを抑えるための工夫がされているようです。
そして屈折誤差耐性があるとされています。
屈折誤差とは狙った度数に対してズレることをいいます。計算した度数から外れてしまうと、期待した距離にピントが合いません。多焦点眼内レンズに限らず単焦点眼内レンズも屈折誤差は重要ですが、多焦点眼内レンズはより重要です。単焦点眼内レンズは眼鏡が前提なので、多少ずれても最悪眼鏡で調節すればいいという話になりますが、多焦点眼内レンズは裸眼で過ごす事が前提となっています。度がズレると設定された焦点に合わないのでどの距離もスッキリみえなくなります。
今は機械が優秀なので大きくずれることはほとんどありません。それでもズレやすい方が少しおられます。例えばレーシックをされている方、強度近視、強度遠視の方です。もしズレた場合タッチアップといってレーシックでズレた分だけ角膜を削って整えたり、レンズの交換が必要になることがあります。またレンズを入れたその時はよくても、人は加齢とともに多少屈折は変化します。そのような誤差に対しても耐性があればある程度対応できる可能性があります。
場合によってはこの屈折誤差を利用してモノビジョンにできるのではないかともされています。モノビジョンとは左右の目の度数に対して少し差をつけることをいいます。
多焦点眼内レンズをモノビジョンで使用するということは通常ないですが、オデッセイだと少し手元の見え方に満足できなかった場合、もう片目は遠方視を維持しながら少し手元にズラせる可能性があります。このあたりはまだ実臨床でしっかりデータが出ていないので出てから検討されることになるかなと思います。
個人的には新しいレンズではありますが、パンオプティクスに対抗するレンズかなという印象があります。
オデッセイは
屈折誤差が起きやすいレーシックや、強度近視、強度遠視と言われている方にはいいかもしれません。
最後にパンオプティクスという国内で初めて採用された3焦点眼内レンズを復習します。パンオプティクスは2019年から販売されていて、40cm,60cm,遠方の3焦点に連続的にピントが合うというレンズです。他の3焦点タイプは40、80cmにピントがあうものが多いですが、パンオプティクスは中間距離はやや近めとなっています。40cm
と60cmと焦点距離が近いのですが、日本人の背丈でのスマホパソコンなどの焦点距離に合わせて近、中の距離が近めとなっています。
以前はアクリソフという素材でホワイトニングといってレンズが少し濁ることがありましたが、今はクラレオンという新素材になってレンズ自体の劣化を心配する必要はありません。先ほどのGemetricと比べると回折ゾーンは4.5mmと広いですが、こちらはenlighten technologyという特殊な技術を使って遠方の見え方を犠牲にすることなくハローグレアが少なくなる処置がされています。回折構造
の間にフラットな部分を作る事で遠方視力を犠牲にすることなくパソコン作業や、スマートフォンの使用、料理などの中間、近方距離での作業も快適におこなうことが可能です。この独自
の技術を評価されて海外では製薬分野のノーベル賞といわれるプリガリアン賞という賞をもらっています。長期間の臨床成績がありデータも蓄積しているので医師側の安心感もつよいかなと思います。
どのレンズがいいのか気になるところではありますが、ある程度国内のデータがそろってからになるかなと思います。新しく出てきた、Gemetric、今後発売予定であるOdyssey、そしてパンオプティクスだ細かい違いはありますが、同じ回折構造を持ったレンズなので基本的な注意事項は何も変わりません。ハローグレアという異常光視症、軽減されているといっても注意が必要ですし、人によってはコントラスト、見え方のすっきりした感じがないなと感じる可能性もあります。また白内障以外に眼病変がない方が原則適応となります。
多焦点眼内レンズにはメリットだけでなく、このような注意点もあります。両方を理解した上で、どのレンズがよいか相談して決めるようにしてください。
今回の話をまとめますと
- Gemetricは国産初の3焦点タイプの眼内レンズです。遠くの見え方を重視したい方にはおススメです。
- オデッセイはシナジーの後継のレンズです。近くの見え方はシナジーに劣りますが、ハローグレアは軽減されています。屈折誤差耐性があるようです。
- 国内で初めて発売された3焦点はパンオプティクスです。国内では最も使用されています。
- 回折型の多焦点眼内レンズは機能が進化していますが、軽減されているといってもハローグレアやコントラストの低下など一般的な注意事項は変わりません。
という4点です。今回は多焦点眼内レンズを中心にお話ししましたが、去年発売された焦点深度が拡張している回折構造がないVivityであったり、単焦点+であったり、色々あります。多焦点眼内レンズが必ずしもいいわけではありません。多焦点眼内レンズは瞳の大きさが重要とお話ししましたが、瞳が小さい方はピンホール効果といいますが、瞳孔が小さくなることで、焦点が合う距離が伸び、単焦点でもある程度の範囲が見える可能性があります。リスクをとって無理に多焦点を選ばない方がいいこともあります。
手術を受ける前に、自分の目の状態やレンズの特徴について詳しく説明してもらい、自分のライフスタイルや目的に合ったレンズを選ぶことが大切です。今回は新しく発売された多焦点眼内レンズに関してお話しいたしました。
(2024.10.8)