〜カメラ付き眼鏡と人工網膜がつなぐ、光の再生〜
世界で話題になっている「網膜インプラント(人工網膜)」という技術。
これまで視力を失っていた人が、再び文字を“読む”ことができたというニュースが報告されました。

この成果を生んだのは、フランスのPixium Vision社が開発した PRIMAシステム という網膜インプラント。
この装置は、目の中に埋め込んだ電子チップとカメラ付きの眼鏡を組み合わせ、
脳に再び「視覚情報」を届けるという画期的な仕組みです。

網膜とは、カメラでいえば“フィルム”のような部分で、光を電気信号に変えて脳へ送ります。
しかし、加齢黄斑変性症(AMD) や 網膜色素変性症(RP) などの病気では、この光を感じる細胞が壊れてしまい、視力を失います。
そこで登場したのが、電子チップで壊れた網膜を補うという発想です。
人工のチップを網膜に埋め込み、外部カメラが捉えた映像をチップが電気信号に変えて網膜の神経を刺激することで、
再び“見える”感覚を脳に伝えます。

チップは 「黄斑(おうはん)」という網膜の中心部の下(サブレチナル層) に入れます。
なぜ黄斑かというと、
・黄斑は細かい視力を担当する“中心視”のエリア。
・「読む」「顔を識別する」「細部を見る」といった高度な視覚機能を司っている。
・その部分の視覚情報を再建することで、最も日常生活に直結する“見る力”を取り戻せるからです。
つまり、単に光を感じるだけではなく、「文字を読む」「形を理解する」という実用的な視覚を取り戻すためには、黄斑の再建が鍵となります。

ここがPRIMAシステムの最大の特徴です。
1カメラ付き眼鏡が映像を撮影
・眼鏡に搭載された小型カメラが外の景色をリアルタイムに撮影。
・その映像はポケットサイズの小型コンピュータ(画像処理装置)に送られます。
2映像を赤外線の光に変換して目の中へ照射
・処理された映像は白黒の高コントラスト画像に変換され、
眼鏡のレンズ部分に内蔵された赤外線プロジェクターから目の中に照射されます。
・この赤外線(約880〜915nm)は肉眼では見えませんが、
網膜下に埋め込まれたチップだけがそれを「感じ取る」ことができます。
3チップが光を電気信号に変える
・チップは多数のフォトダイオード(光電素子)で構成されており、
赤外線を受けると光エネルギーを電気信号に変換します。
・その微弱な電流が、すぐ上にある網膜の神経細胞を刺激。
→ 信号が視神経を通じて脳の視覚野に伝わり、「見えた」と感じます。
4ワイヤーもバッテリーも不要
・外部電源は使わず、光(赤外線)そのものがエネルギー源になります。
・いわば「目の中に埋め込まれた太陽電池」が光を受けて働いている状態です。

臨床試験では、PRIMAチップを入れた患者さんの多くが、「文字を読む」「物の形を識別する」というレベルまで回復しました。
報告では、失明状態だった人が
・単語を認識できる
・トランプのスート(♥♣など)を見分けられる
・明暗・方向を判別できる
といった成果が確認されています。
ただし、完全に元のように見えるわけではなく、白黒の点の集合としての“見え方”です。
それでも「読む」行為ができるというのは、視覚再建の大きな前進といえます。

・見える範囲(視野)や解像度はまだ限られています。
・長期的な安全性・耐久性・費用など、臨床応用までに課題もあります。
・それでも、完全失明に近い人が再び「読む」ことを可能にしたという意義は極めて大きいです。
今後はチップの高解像度化、AIによる画像最適化、そして脳への直接信号伝達(視覚野インプラント)など、さらに進化が見込まれています。
1.Palanker D. et al. Ophthalmology Science, 2022.
“First-in-Human Study of the PRIMA Subretinal Implant.”
→ 網膜下(黄斑部)へのチップ埋め込みで、AMD患者が文字を読めるようになった試験結果。
2.da Cruz L et al. Br J Ophthalmol, 2013.
“The Argus II Epiretinal Prosthesis System allows letter and word reading.”
→ 旧型(網膜上に設置)の電極型人工網膜でも、文字識別能力を一部回復。
3.Kish KE et al. Sci Rep, 2023.
“Patient-specific computational models of retinal prostheses.”
→ 個別患者の網膜構造に基づく電気刺激シミュレーション研究。
・PRIMAは「光で駆動する完全ワイヤレスの人工網膜」。
・カメラ付き眼鏡と赤外線投影により、黄斑部の電子チップが神経を刺激。
・世界で初めて、失明状態から「読む」ことを可能にした画期的な技術。
この技術はまだ研究段階にありますが、
「もう見えない」と言われた人に、再び“読む力”を与える可能性を秘めています。
将来、こうした技術が実用化されれば、視覚再建の医療は新しい時代に入るでしょう。