白内障手術では多くの方が単焦点眼内レンズを選びます。単焦点眼内レンズは単焦点という名前の通り、ピントが合う範囲が限られています。クリニックによっては遠く(0D:遠方合わせ)か近く(-3D:30cm合わせ)かどっちに合わせるかと両極端な選択肢を提示されるところもあるようです。
しかし、単焦点眼内レンズは遠方、中間、近方様々な度数の合わせ方があります。つまり「単焦点」とはいえ、どこに焦点を置くかによって見え方は大きく変わってきます。さらに、単焦点眼内レンズにはある程度の焦点深度があり、その特性を理解しておくと「1点しか焦点が合わないと思っていたけど、思ったよりもピントが合う」と感じる方も少なくありません。実際、術後にほとんど眼鏡を必要としない方もいらっしゃいます。その中で今回は知っておきたいことは単焦点眼内レンズの近視残し。近視を残すってどういうこと?と思われた方もいるかもしれませんね。どういうことか早速みていきましょう。
この理由を知る前にまずは単焦点眼内レンズの基本を押さえておきましょう。こちらは単焦点眼内レンズの焦点深度(メガネなしで見える距離の幅)ですが、このようになっています。
横軸はディオプターといいますが、焦点の合う距離を示しています。0Dは無限遠、5m以降の遠方が合っている状態、−1.0Dは1m、−2.0Dは50cmにピントが合う状態です。一方でプラス側の+1.0Dや+1.5Dはどうなのかというと、理論上は1mや66cmに焦点距離を持つ計算にはなりますが、この部分は焦点が「網膜の後ろにピントを結んでしまう」ので、裸眼では遠くも近くもはっきり合わない状態です。
縦軸は視力です。点線のカーブは距離ごとの視力の変化を示しています。青い帯は実際に「良好な視力(おおむね1.0前後)」が得られる範囲です。この場合、0Dから−0.5D程度までは視力1.0前後を保ち、−1.0D(約1m)でも0.6程度と比較的良好に見えています。ピークは0D(遠方)で視力1.2と最良であり、さらに近方(−2.0D=50cm付近)では視力0.4程度に低下します。
まとめると、0Dに合わせた場合はマイナス方向におよそ−1.0D(約1m)まで実用的にピントが合う、ということになります。
分かりやすく表にまとめるとこのような感じです。
これが0Dに合っている状態です。この状態から少し近視側-0.5D(2m)に焦点を合わせると焦点深度、点線のカーブ移動させると焦点深度曲線(メガネなしで見える距離の幅)は次のようになります。
視力でいうとこのような感じです。
少し近視にずらしたときは、遠くは0Dよりは少し落ちますが手元の見え方はよくなります。
一方で遠視側に同じだけ+0.5Dずらしてみます。すると先ほどの焦点深度曲線でいうと、こうなります。
これを視力で表すとこうなります。
遠方視力は1.0前後維持できることが多いですが、中間視力や手元の見え方は、近視側にズレた場合よりも悪くなってしまいます。+0.5D程度なら多くは問題ありませんが、更に+側にずれしまうと、遠方に合わせたつもりなのに、遠くも近くもハッキリしなくなります。
運転も読書も中途半端で、どの距離も眼鏡が必要になるということがあります。これが多くの眼科医が遠視ズレを避けたい理由です。
近視にずれる場合は、焦点の山(ピーク)が“遠方より手元”に移動するので、まだどこかでピントが合います。
一方で遠視にずれてしまうと、焦点の山が“網膜の奥”にずれてしまうので、遠くも近くもピントが合わなくなります。つまり裸眼では“どこにもはっきり見える場所がない”状態になってしまい、日常生活でとても不便になりやすいのです。
そのため鮮明な遠方の見え方を希望する方を除けば、やや近視残しにするのがポイント。同じ遠方合わせでも、やや近視を残しても遠方視は十分に見えることが多いです。
トラックの運転手など「遠方視を特別に必要とする職業」の方でなければ、少し近視を残した方が、手元〜中間距離までバランスよく見えて日常生活が快適になります。また、眼内レンズの度数は目標に設定した度数よりどうしてもズレる事があるのでその点も元々の狙い目をやや近視側にしておくと極端に遠視にズレる心配が少ないので安心です。
このように、単焦点眼内レンズには「焦点深度」があるため、ある程度は前後の距離にもピントが合います。家の中ぐらいがある程度みえたらいいということなら中間合わせも可能です。
単焦点眼内レンズのポイントは、遠方合わせを希望する方でも、ただ遠くが見えるだけではなく、できるだけ中間距離や手元の見え方もできるだけ良くするにはどうすればよいかということです。
術後の理想としては、遠方合わせの希望の方でも遠方にピントを合わせながら、中間〜近見の見え方もできるだけ良好に保つことが最大の目標になります。
もちろん単焦点眼内レンズで完全に眼鏡なしというのは不可能ですが、以前と比べて軽い老眼鏡をかければ快適に近方も見えるようになったという状態を当院では目指す見え方としています。このような仕組みの上で場合によっては0.5~0.75Dの範囲で少し左右差をつけたマイクロモノビジョンなどを併用すると単焦点でも結構見え方がさらに深まることもあります。今回の話は遠方重視の方だけではありません。
逆に「手元重視」でピントを合わせる場合もポイントがあります。
例えば30cmで読書する場合は-3.0Dが理論上必要ですが、単焦点眼内レンズにはこのような焦点深度があるため、-2.5Dや-2.0Dでも十分に30cmの文字を読めることがあります。
読書や細かい作業が大好きな方なら-3D(33cm合わせ)この選択肢も良いですが、そうでない場合は、遠方もある程度確保しながら近方も見えるようにする(-2.0~-2.5D:40~50cm合わせ)バランスを取った方が、日常生活では快適と思います。
白内障手術において「遠方に完全に合わせる」または手元狙いで合っても30cm合わせがよいというわけではありません。
・遠視にずれると非常に不便
・やや近視を残しても遠方視は十分に見える
・近視狙いで合っても目標値よりやや遠くにすると見たい距離を含めて遠見の見え方も確保できる。
このような理由から、特別に遠方視が必要な方以外は、少し近視を残す度数設定がおすすめです。眼鏡がまったく不要になるわけではありませんが、できるだけ快適な生活を目指すために色々な合わせ方があることを知っておくといいかもしれません。